川の一里塚を見つけました #moriya #守谷
守谷を歩いていて、鬼怒川そばでみつけたのが川の一里塚
川の一里塚に書かれている内容は下記の通り
鬼怒川の源は栃木県塩谷郡栗山村鬼怒沼である。川は山峡をぬい、日光中禅寺湖に発する大谷川と合流して関東平野を南下する。
流路延長176kmに及び、守谷町野木崎地先で利根川に合流する。
鬼怒川は古代、毛野川、毛奴川、衣川、絹川と呼ばれたが、中世以降鬼怒川となった。
以前、鬼怒川は谷和原村寺畑において小貝川に合流していたが、小貝川がたえず氾濫し水難に悩まされたため、元和年間(1621年頃)、細代から守谷町大木に至る約6.5kmを、幕府の命をうけた関東郡代伊奈忠治が苦心の末、約10年間かけて、開削した。そのため常陸谷原領三万石は美田と化し、同時に板戸井川岸の景は、中国の赤壁も比せられる名勝の地となったのである。
平成5年4月 守谷町長 會田真一
そばには川辺情報板なんかもあって
真新しい2012年10月26日発行の「きぬこかい新聞」が貼られていました
どうやら「きぬこかい新聞」、国土交通省 関東地方整備局 下館河川事務所が発行しているもので、ほぼ毎月更新されているようですね。
http://www.ktr.mlit.go.jp/shimodate/07_info/index.htm
一体、誰が見ているのだろうか??
こんな記事を読んだ方が面白いと思うのか、かなり疑問がありますが、こういった情報をネットに残しておくと、いつの日か誰かが楽しんだり、参考にしてくれるかも知れないなと思って記録しておくことにしました。